皆さん、こんにちは。
まず、前回もお話ししましたが、佐野日大高校が甲子園で2勝し、健大高崎との非常に厳しい試合の末、残念ながら敗退となりました。
ただ、その健大高崎もその後勝ち進んでいますし、強豪校を相手に本当に健闘したと思います。今年は地元の高校を応援することができて、私たちにとっても非常に熱い夏になりました。選手や関係者の皆さん、本当にお疲れ様でした。
それから私事ですが、前回の例会で、妻と子どもたちがシンガポールへ行ったという話をしました。その後の8月が、本当に怒涛の日々でした。
8月8日に私も娘を連れてシンガポールへ行き、13日の朝に成田へ戻ってきました。そのまま新盆の特別供養に参加し、雨の中、一人で迎え盆をしました。
その後は、東京の自宅の引っ越し準備です。妻がシンガポールへ行く際に、かなりの荷物を残していったものですから、昼間は佐野でお盆の対応をして、夜は東京へ戻って箱詰めや分別をする、という生活が数日続きました。
引っ越し業者が来た後にも、梱包できていない物が大量に残ってしまい、昨日ようやく何とか片付けが終わりました。
ところが新しい部屋は、今や「ベッド付きのトランクルーム」のような状態で、ベッドの周りが段ボールだらけです。
そこで今回、手伝ってくれた友人から「ミニマリスト」という考え方を教えてもらいました。必要最小限の物だけを持って暮らすという考え方です。
例えば、いつか使うかもしれないからと余分な物を取っておいても、その物が占領しているスペースにも家賃がかかっています。今は必要になればインターネットですぐ買える時代ですから、使っていない物を持ち続けること自体が、精神的にも経済的にも負担になるという話でした。
なるほどなと思いまして、今日から本格的に物を減らそうと思っています。
特に捨てられないのが、子どもたちが学校で作った作品や絵、昔の年賀状、それから「また流行るかもしれない」と思って取ってある服です。
子どもの作品などは写真を撮って残し、年賀状も思い切って整理する。5年以上着ていない服については、よほど価値のある物でなければ古着屋へ持っていこうと思っています。
ただ、今はLINEのビデオ通話があるので、「これ捨てていい?」とシンガポールにいる妻に見せると、「それは取っておいて」「それは売れるから持っていって」と、逆に新しい仕事が増えてしまいました。
便利になった分、こういうところでは少し大変なこともあるんだなと実感しました。
そんな怒涛の8月でしたが、昨日ようやく一段落しましたので、少しホッとしております。
本日はこの後、松本先生の卓話もありますので、私からはこの辺で挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。
2026-2027年度 会長 蓮見 哲平

10月25日開催予定の第50回田沼ふるさと祭りについて、例年どおり5万円を協賛した。
12月1日から4日まで、リーガロイヤルホテル大阪にて開催予定。
参加希望者は幹事まで申し出るよう案内。
10月26日、神戸ポートピアホテルにて開催予定。
参加費は35,000円。希望者を募る。
組み合わせが決定したため、参加者へLINEで案内する。
8月18日、成田空港まで迎えに行った。
来日時点では日本語はまだ十分ではないものの、笑顔を絶やさず、コミュニケーションを取ろうとする姿勢が感じられたとの報告があった。
本日17時30分からガバナー主催の歓迎会へ参加し、その後ホストファミリー宅での生活がスタートする予定。
次回例会には本人を連れて参加する予定とのことで、会員へ温かく迎えるよう協力をお願いした。
なお、成田空港ではテレビ番組「YOUは何しに日本へ?」の撮影クルーと偶然遭遇し、記念撮影を行ったとの報告もあった。
2026-2027年度 幹事 須藤 敏行

松本 喜好 先生(佐野市立田沼小学校校長)
松本校長より、防犯カメラ設置への御礼をはじめ、田沼小学校の歴史、教育活動、自身の経歴、佐野ゆかりの人物について卓話をいただいた。
防犯カメラ設置について
昨年度、田沼ロータリークラブの地区補助金事業により、防犯カメラ4台を設置。
主な設置場所は、
・校庭南側
・昇降口付近
・昇降口から外部を確認できる場所
・北校舎裏側
など、職員室から直接確認しにくい死角を中心としている。
また、施工を担当した金井田電業から大型モニターの提供もあり、職員室から各場所の様子を容易に確認できるようになった。
近年は学校へさまざまな人が訪れるようになり、教職員だけで児童の安全を守ることが難しくなっていることから、防犯カメラ設置は非常に大きな安心につながっているとの謝意が述べられた。
田沼小学校の歴史
田沼小学校は明治6年、1873年に創立。
当初は「田沼学舎」としてスタートし、その後現在地へ移転した。
主な沿革として、
・明治27年 校舎全焼、イチョウ植樹
・昭和25年 校歌制定
・昭和29年 校章制定
・創立100周年記念事業として「たこ山」整備
・平成期 「田沼っ子の誓い」策定
・令和7年度 コミュニティ・スクール開始
・令和8年度 防犯カメラ4台設置
などが紹介された。
現在は、地域と学校が共に児童を育てていくことを目的として、学校運営協議会制度、いわゆるコミュニティ・スクールを推進している。
現在の学校教育について
田沼小学校では、「楽しさとぬくもりを感じることのできる学び合いの中で、夢や希望を持ち、誰もが良さを伸ばしていける学校」
を教育理念として掲げている。
現在は児童一人につき1台のタブレット端末が配備されており、夏休み中も担任と児童が端末を通じて連絡を取り、学習状況を確認できる環境が整っている。
従来のような夏休み中の登校日は設けず、ICTを活用した形で児童とのつながりを維持しているとの説明があった。
松本校長自身の経歴・思い出
松本校長は佐野市内で生まれ育ち、中学時代から柔道に本格的に取り組んだ。
中学生時代には、大相撲の横綱から角界入りを勧められた経験もあったが、当時から学校教員になる夢を持っていたため、教員を志した。
文教大学へ4年間通学し、大学でも体育会柔道部で活動。
教員となった後は市内の小学校勤務を経て、教育委員会、郷土博物館等でも勤務した。
郷土博物館勤務時には、当時の天皇皇后両陛下を間近でお迎えする機会もあったとの思い出が紹介された。
佐野ゆかりの人物紹介
栗原イネ氏
佐野ゆかりの女性実業家として紹介。
厳しい時代背景の中で事業を発展させ、後の大同毛織、現在のダイドーリミテッドにつながる事業の礎を築いた人物。
地元への寄付や社会貢献にも積極的であり、その姿勢はロータリーの奉仕精神にも通じるものがあるとの説明があった。
宮島清次郎氏
佐野出身の実業家として紹介。
日清紡績をはじめ、多くの企業経営に携わり、日本の産業界で大きな役割を果たした。
一方で、働く人の立場を大切にし、自らにも厳しく、勲章や地位を求めない人物であったことが紹介された。
地元や母校への寄付も多く、宇都宮高校には現在も「報恩館」が残っている。
また、吉田茂元首相とも親交があり、大蔵大臣就任を打診された際には辞退し、代わりに池田勇人氏を推薦したというエピソードも紹介された。
松本校長からは、博物館での勤務経験を通じ、歴史を調べ、さまざまな角度から物事を見ることの大切さを学んだとの話があった。
卓話まとめ
松本校長は現在59歳で、田沼小学校校長として3年目を迎えている。
今後も田沼小学校の児童のため、地域とともに学校づくりを進めていきたいとの抱負が述べられ、田沼ロータリークラブへの今後の協力をお願いして卓話を締めくくった。
卓話後、川田SAAより松本校長とは学生時代からの同級生であることも紹介され、長年の縁に触れながら謝意を表した。


米山記念奨学関係より、米山奨学生 ニカーシュ君に「米山学友証明書」が届いたことを報告。
米山奨学生としての自覚を持って行動してほしい旨が伝えられ、証明書は一生涯有効との説明があった。

「松本校長の来訪・卓話を歓迎」
「暑さが続く中での体調管理を呼びかけ」
「吉川晃司ライブ参加の報告」
「高気圧酸素ルームを体験した報告」
佐野日大高校の春夏連続甲子園出場に際し、クラブからの物心両面の支援に対する御礼があった。
また、高校野球における応援規定について、自身の経験を交えながら紹介。
主な内容として、
・高校野球は高体連ではなく高野連が運営
・甲子園では応援方法に細かな規則がある
・攻撃開始前の応援タイミング
・相手校を批判・威圧する応援は禁止
・企業名・商品名等を表示した応援は禁止
・応援グッズのサイズ等にも規定がある
などが紹介された。
「高校野球は応援も含めて教育の場である」という高野連の考え方について説明があり、佐野日大高校応援団の整然とした応援についても評価が述べられた。
例会終了後、各席に置かれている氏名プレートについて、席順を維持したまま片付ける必要があるため、順番を崩さず整理するよう協力依頼があった。

| 例会日 | 第3008回例会 2026年8月20日 (木) 12:30~ |
|---|---|
| 会員数 | 43名(免除会員2名) |
| 出席数 | 30名 |
| 事前メーク | 0名 |
| 出席率 | 73.2% |